スポンサーサイト

------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東北地方太平洋沖地震の経験から思うこと

20110316

今月11日、東北地方を未曾有の大震災が襲いました。
地震の揺れによる以上に津波による被害の甚大さに身震いする思いでした。


私の出身地は福島県です。
以前仙台に1年間住んでいたこともあります。
仙台から石巻方面に向かうJR仙石線沿いのとある駅の近くで一年間を過ごしました。


休日には素晴らしい景観の松島へ出かけたり、
被害の大きかった若林区の荒浜地区沿いの運河を散歩したのを覚えています。
毎日テレビで映し出される思い出の土地の姿を見るととても心が痛みます。


宮城県というのは私にとってとても思い出深い土地なのです。
一年間過ごしたということの他にも家族との旅行の思い出など
自分の中に刻まれた記憶として、強く心に残っていることがたくさんあるのです。


親父に初めて連れて行ってもらったキャンプ、
それは奥松島の野蒜海岸でした。
3日間かけて松島から気仙沼、女川町までを毎日浜辺を移動しながらキャンプしました。
その時私は4歳くらいだったので、今から20年以上も前のことです。


浜辺でキャンプをしていると、ちょうど夏場ということもあってか
地元の中学生や、小学生、高校生が浜辺で花火をしていました。
私も小さいながらにその地元の学生たちに交じって一緒に花火を楽しみました。


初めて訪れた土地なのに、すごくあったかいというか
どこから来たのかも分からない私に声をかけてくれて
「一緒に花火しよ」と誘ってくれたのを覚えています。


その時のおにいちゃん、おねえちゃん達は今無事に生きているのだろうか。
絶対に生きていてほしい。名前も知らない人たちだけれど
私の記憶に強く残っているあの時のおにいちゃんとおねえちゃん。
絶対に生きていてほしい。


今回の震災で遠い幼きときの記憶を思い出しました。
それと同時に、悲しみもたくさん襲ってきましたが、
そろそろ立ち上がるときが来たのだと思っています。


被災地では復旧の活動が徐々に始まって来ています。
まだ救援物資が届いていない避難所、
まだ救助を待っている被災者の方、
苦難はまだまだたくさん山積みではあります。


しかし、私たち一人一人にできることが必ずあるはずです。
ほんの小さな力かもしれませんが、こんな時だからこそ、
日本が一つになってこの苦難を乗り越えていきましょう。


また、あの松島の海岸でキレイな朝日を拝むことができる日を
いちにちも早く取り戻せるように。


震災で犠牲となった方のご冥福をお祈りいたします。
そして、この震災を記憶としてずっと心に持ち続けます。
日本が再び元気を取り戻せるように、
今自分にできることに精一杯取り組んでいきたいと思います。


関連記事

コメント

非公開コメント
プロフィール

imoan_koala

Author:imoan_koala
昨日より今日、今日より明日が
良き一日となるように
「今日」という一日を大切に
生きる男のブログです。

最新記事
最新記事はこちらからCheck!!
カテゴリー

月別アーカイブ
04 10 09 08 05 04 03 02 03 02 06 01 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01 12 11 10 08 07 06 05 12 11 10 07 06 05 04 
リンク

当ブログでは相互リンクを受け付けております。 詳細はこちらをご覧ください。

相互リンクについて

ブログ内検索
アクセス解析
FXを徹底比較
RSSフィード

Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。